2011年8月9日

長崎原爆の日66 周年に向けて

SATA Foundation
代表 佐 多 保 彦

 66年前の1945年8月9日、長崎市は原子爆弾投下の目標とされた第二の日本の都市として、世界にその名を知られることになりました。その爆心地・浦上天主堂の瓦礫の中に埋もれていたマリア像の焼け焦げた頭部が、SATA Foundationによる働きかけの成果もあり、世界の注目を集めています。同像は、2010年4月26日にスペインのゲルニカ市で展示公開され、同年5月3日から28日には、国連本部で行われた核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議の会期中には、ニューヨークでマリア像の展示が行われました(展示の一部:http://www.dreamstime.com/our-lady-of-nagasaki-rimage14284393-resi1420233)。昨年の、長崎原爆投下65周年によせたメッセージで、私はパブロ・ピカソの作品『ゲルニカ』のように、長崎のマリア像は将来の戦争を回避するための真の力を秘めたシンボルであり、核兵器のない世界の象徴であることを訴えました。世界中の2万人を超える人々が、長崎のマリア像は1996年にユネスコ世界遺産に登録された広島平和記念館(原爆ドーム)と同じ重みを持つと考えています。

 核兵器がもたらす災禍の脅威は今日でも消えていません。いまだに核武装を続ける国々があり、テロリストも、核を使った武器の製造や使用能力を有しています。米国の元国務長官ヘンリー・キッシンジャーやジョージ・シュルツ、元国防長官ウィリアム・ペリー、元上院議員サム・ナンといった人々でさえも、かつて自国を防衛する絶対的手段だと考えていた核兵器の完全廃絶への呼びかけに力を結集しています。それは、「核兵器、核技術、核物質、核に関するノウハウの拡散とともに、核兵器が使用されるリスクが増大する」という理由のためです。彼らはこう結論づけています。「各国は連帯して、国際平和と安全を維持するために主として核兵器や核の脅威に依存することのない抑止力を目指し、理念的、実際的に前進していくべきである」(「核拡散時代の抑止力」ウォールストリートジャーナル紙、2011年3月7日付:http://www.nti.org/c_press/Deterrence_in_the_Age_of_Nuclear_Proliferation.pdf)。

今年の3月11日以来、日本の福島は1945年8月の長崎に劣らない注目を集めています。 66年前の長崎の原爆では投下直後に4万人から7万5千人が死亡、そして、2011年3月11日、日本の東北地方を襲ったマグニチュード8.9の地震に続いた津波によって、1万4千人を超える人々が亡くなりました。今も、福島第一原子力発電所から漏れる放射能に怯えながら、何百万人もの人々が暮らしています。これは近代に入って、日本が直面した最悪の自然災害です。核兵器とは異なり、原子力エネルギーは平和利用を目的としていますが、今回、科学は諸刃の剣であることが明白になりました。だからこそ、より良く、より人間的な世界で生きていきたいと望むなら、SATA Foundationのスローガンである「科学は生かすためにあり、殺すためにあらず」に心から耳を傾けるべきなのです。

 2011年の東北大震災を受け、私は東北の被災地を支援する財団、連帯東北を設立しました。有志のみなさまのご協力を求めるため、ホームページ(http://www.rentaitohoku.org/)を開設しております。

 2005年以来、SATA Foundationは、広島・長崎の原爆投下をしのび、「平和祈念サイクルロードレース」を毎年8月にフランスで開催しています。今年は7月30日に開催を予定しています。ツール・ド・フランスの優勝を5回経験したベルナール・イノー氏がこの“レースの冠”として、6回連続で参加され、日本からの7名を含む約500名のサイクリスト達と競い合います。本自転車レースの収益は、SATA Foundationのミッションに沿うチャリティに寄付されます。

SATA Foundationの理念に対する皆様のご支援に心より感謝いたします。

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